FC2ブログ
プロフィール

ひろさん

Author:ひろさん
知多半島の海と山が故郷
ものづくりの原点です。

20数年前から始めた「染織」
家具のリフォームが好き。

習い覚えたパソコンは
新しい世界の始まり、
その可能性を楽しみたい。

最近の記事
カレンダー
10 | 2018/11 | 12
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
カテゴリー
リンク
最近のトラックバック
最近のコメント
スポンサーサイト
--年--月--日
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


スポンサー広告 | 【--年--月--日(--) --:--:--】 | Trackback(-) | Comments(-)
生きるエネルギー
2009年08月14日
  戦後64年目の終戦記念日が またやってきます。
  ふと思い出したのは、7年前に亡くなった母の言ってた言葉です。
             dc030749.jpg
  「みんなを知多半島へ連れて行ってあげたいなあ」

  亡くなる一ヶ月前、夢見るように話していたんですね。
  私は、現在の知多半島のことだと思っていたのですが・・・
 亡くなってから、ハッと気づきました。dc052618.jpg
        
  母の生涯の中で一番輝いていた時代が、戦争が終わってからの数年です。
  物資が乏しく、食べることで精一杯だった時代です。

   ちょっとした土地を畑にして、食料の確保をしていたのです。
  ささやかな収穫は、近所の人と分け合っていました。
  小さな集落の人たちは様々なことを、助け合って暮らしていました。

  もう空襲で死ぬことはありません。 小さな集落には、「ともかく戦争は終わった」
  という明るさと、安堵感がみなぎっていたそうです。

  もともとエネルギーのあふれた母は、リーダー性を発揮して生き生きとしてたでしょう。
  様々な行事を工夫してささやかなご馳走を作り、集落のみんなで食べました。
  集落全体が 大家族のようだったでしょうね。

  その知多半島で私は、幼児期から小学校低学年まで過ごしました。
  いまも大切な思い出が残る 「ふるさと」 になっています。

  戦争と言う、悲惨で大きな代償がありました。
  それでも戦争が終わってからの数年間は、生きるために人と人が固く結びついた時代でした。 

  死ぬ間際の母の脳裏には、あの数年間が蘇ったのだと思います。
  あの時代の母を、娘や孫たちに見てほしかったのでしょうね。

      戦後64年が過ぎたんだけど、終戦記念日は特別な日なのです。                                     
スポンサーサイト


日々の暮らし | 【2009年08月14日(Fri) 12:15:34】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。